「参考」と「盗用」の境界どこに？江口寿史氏炎上で見えた“イラスト業界の危うい常識”

今回の江口寿史氏をめぐる“トレパク疑惑”は、単なる一人のイラストレーターの問題にとどまらず、日本の商業デザイン業界全体に突きつけられた構造的な問いだと感じます。
SNSで「インスタの横顔を無断でモデルにした」と発表したことをきっかけに、過去の作品にまで“元ネタ探し”が広がった今回の騒動。最初は「参考」や「オマージュ」といった言葉で片付けられる範囲にも見えましたが、企業が相次いで確認・撤去に踏み切ったことで、問題の本質が浮き彫りになりました。

――「商用利用における創作の自由と、他者の権利の境界線」。
このテーマは2022年の古塔つみ氏の炎上でも議論されましたが、あれから3年経っても明確なルールが存在していないのが現状です。イラスト業界では、写真を“参考資料”として使うことはよくある行為ですが、それが“許諾を得ないまま構図や人物を忠実に再現した”場合、法律上も倫理上もグレーゾーンでは済まされません。

企業広告や商用コラボでは、作品が「一人の創作」ではなく「企業の顔」となるため、1枚のイラストが企業の信用を左右します。Zoffやデニーズが迅速に調査と声明を出したのは、もはやアーティストの創作性よりもコンプライアンス（法令遵守）リスクが優先される時代になったことの表れでしょう。SNS社会では“わずかな画像比較”でも拡散は一瞬。クリエイター本人だけでなく、企業にも説明責任が問われる時代です。

江口氏は長年にわたり日本の漫画・広告・音楽業界で“時代の空気を描く象徴的な存在”でした。その彼でさえ炎上の渦に巻き込まれたのは、単に不注意ではなく、**「時代が変わった」**ということを象徴しています。数年前まで“オマージュ”として許されたことが、今は“無断使用”と見なされる。著作権や肖像権がネット上で監視される時代、創作の“出発点”そのものに透明性が求められています。

そして今回の件が示したのは、「プロの倫理観」がどこまで共有されているかという課題です。教育機関や制作現場で、「参考とトレースの違い」「承諾を得る手順」「モデル使用の明示」などを体系的に教える仕組みがほとんど存在していません。今後は個人の感覚に頼るのではなく、業界全体でのガイドライン制定が不可欠です。

芸術や広告の世界では、“誰かの表情”や“美しい構図”に感動して描くことが創作の原動力になります。しかし、それを作品として世に出すときには、“誰の権利の上に成り立っているか”を見つめ直す責任がある。今回の江口寿史氏の件は、その「当たり前」が、まだ当たり前になっていなかった現実を突きつけた事件だと思います。